Feb 26, 2011
印象に残っている塾講師
私は中学3年生の頃、生徒4人に対し、塾講師1人という少人数で指導する塾に通っていました。たまたまその曜日、その時間に学生がないということもあり、英語の授業は、マンツーマンで指導されていました。毎回何でもない雑談をしているだけ感授業でしたが正常にテキストが進められている方法は、楽しく不思議な授業でした。その塾講師のおかげで、英語の日だけは楽しく学校に通うことができた。我が家にも小学校2年生になる息子がいます。これで、周りの友達が塾に入り始めているので、我が家もちょっとイライラしています。小学生のうちは塾もいいかもしれないが、もう少し高学年になると、家庭教師が個人の問題を重視するように教えてくれるので、良いように感じます。しかし、家庭教師は教授法の上手な人もいるし適当に時間を過ごす人もいるように感じ、不安だと思います。
枝野官房長官は29日の記者会見で、朝鮮学校への高校授業料の無償化適用をめぐり政府が審査手続きを再開する方針を固めた理由について、「7月下旬から南北(朝鮮)間や米朝間の接触などが行われ、そうした情勢を分析した結果だ」と述べ、北朝鮮と国際社会の関係に好転が見られたためだと説明した。
また、「首相に(退陣前に片づける)意識はあった」と指摘し、退陣間際の駆け込み的な対応であることを認めた。
佐々威二郎氏 86歳(さっさ・たけじろう=元大日本塗料社長)29日、腎盂(じんう)がんで死去。告別式は9月2日午前11時、東京都杉並区和泉3の52の18大円寺。喪主は次男、重徳(しげのり)氏。
滝口順平氏 80歳(たきぐち・じゅんぺい、本名・幸平=こうへい=声優)29日、胃がんで死去。告別式は近親者のみで行う。
のんびりとした独特の口調で、1977年のフジテレビ系アニメ「ヤッターマン」のとぼけた敵役・ドクロベエなどの声を演じ、人気を集めた。92年から続く日本テレビ系「ぶらり途中下車の旅」のナレーションでも親しまれた。ラジオ東京(現TBS)の放送劇団に1期生で入団し、数多くのラジオドラマにも出演した。
千代国一氏 95歳(ちよ・くにいち=歌人)29日、腎不全で死去。告別式は9月3日午前11時30分、東京都文京区大塚5の40の1護国寺桂昌殿。自宅は同練馬区東大泉4の17の2。喪主は長男、浩介氏。
短歌結社誌「国民文学」代表。宮中歌会始選者なども務めた。
成松啓二氏 84歳(なりまつ・けいじ=元関西電力副社長)22日、肝臓がんで死去。告別式は近親者で済ませた。喪主は長男、正人(まさと)氏。
遺体を乗用車の後部座席に乗せていたとして、栃木県警今市署は29日、死体遺棄の疑いで、住居不定、無職、古田島敏容疑者(63)を逮捕した。容疑を認めている。
調べによると、古田島容疑者は同日午後2時半ごろ、栃木県日光市藤原の路上で、梱包(こんぽう)用のビニールなどで包まれた高齢の女性とみられる遺体を、乗用車の後部座席に積んでいた疑いが持たれている。
同署によると、古田島容疑者と母親(93)、叔母(90)の3人が8月上旬から行方が分からないとして、親類が28日に福島県警南会津署に捜索願を出していた。今市署員が日光市内で、古田島容疑者と母親が乗った乗用車を発見した。
古田島容疑者は調べに対し、「車で走っていたら叔母が亡くなってしまった。そのまま車に乗せていた」と供述。遺体が古田島容疑者の叔母の可能性が高いとみて、身元と死因の特定を急いでいる。
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民主党の小沢一郎元代表は29日、都内のホテルで開いた自らのグループ会合で、代表選で野田佳彦新代表が選出されたことを受け、「野田新代表には頑張ってほしいが、これからの態勢がどうなるのか、言葉だけの挙党一致なのかどうか見極めないといけない」と述べた。
29日の民主党代表選は、1回目の投票で1位だった海江田万里経済産業相を、野田佳彦財務相が決選投票で破る大逆転劇となった。
首相を決める与党党首選で下位候補が決選投票で逆転に成功したのは、1956年の自民党総裁選で石橋湛山総裁が誕生して以来となる。歴史的にもまれな逆転劇の舞台裏を検証する。
「決選投票になったら、『非海江田』で票を集中させたい」
29日朝、国会内で開かれた菅首相グループの会合。座長の江田法相は約30人の出席者にこう呼びかけ、了承を取りつけた。
菅グループは、代表選の対応を自主投票としていたが、菅首相の意向もあり、「反小沢」では一致していた。党内では「海江田氏が1位となるものの、過半数には至らない」との見方が大勢だった。
「野田氏と前原誠司前外相の陣営はともに票の上積みに必死で、決選投票となった場合の戦略を立てるに至っていない」と見た江田氏は、野田、前原両陣営に「決選投票では野田、前原両氏のいずれか上位となった候補に投票する」という「海江田包囲網」を事前に打診し、両陣営も「当然の行動」と受け止めた。
野田氏にとっては、逆転劇の主役を演じるには、1回目の投票で、前原氏を抑えて2位に躍り出なければならなかった。野田陣営は電話による投票の呼びかけも必死に進めた。党内に「前原氏が首相になったら、世論の支持を背景に早期の衆院解散・総選挙に踏み切るのではないか」との警戒感が広がっていたことは、野田氏が支持を伸ばすうえで、プラスに働いた。
29日朝、「2位」への自信を深めつつあった野田陣営の藤村修幹事長代理は、鹿野道彦農相の選対本部長である大畠国土交通相に対し、決選投票での「野田、前原、鹿野連合」の実現を要請した。
鹿野陣営には小沢グループの議員も多かったが、告示後には会合に顔を出さなくなったため、鹿野陣営は「小沢グループの引きはがし方はひどい」(大畠氏)と反発を強めていた。藤村氏の要請は、鹿野陣営に「あうんの呼吸」で受け入れられた。
前原グループでも、仙谷由人代表代行(官房副長官)が、藤村氏や、野田選対の顧問に就任していた岡田幹事長と連絡を取り合い、決選投票での糾合に力を入れた。
菅政権で「脱小沢路線」を推進した岡田氏は代表選終了後、周辺に笑顔でこう語った。
「僕らが描いたシナリオ通りになったな」
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