Oct 24, 2010

コンピュータの修復アプリケーション出してみたい

我が家には2台のラップトップがあります。そのうちの一つは、使用頻度が高いこともあってか何度も状態が悪くなります。したがって、すぐに半年前に一度、コンピュータの修理を開始しました。念のためにすることで、購入時に3年間の保証をつけておいてから、修理費用はかからず、良かったと思いました。そのPCがまた状態が悪くなりました。また、PCの修理に出すとしても、次は有料のため迷います。
久しぶりにゲームがしたくて何かいいゲームがないか探していました。どうせなら、オンラインゲームに挑戦してみようと探していました。見ると、相当数のオンラインゲームが悩みました。友人に相談したところ、今ドラゴンネストと呼ばれるゲームをしているが一緒にしようと招待されています。操作も知っている雨は面白いので、ドラゴンネストを維持したいと思います。
10月19日に「神様」でソロデビューをはたしたKiroroの玉城千春。彼女がこの作品をリリースするまでには、まさざまな出来事があり、想いが生まれていた。のどを痛めて歌えなくなっていたこと。結婚と出産。絢香みたいに歌いたいと、音楽塾「ヴォイス」の門を叩いたこと。そして震災……。玉城千春の「神様」への想いを訊いた。

◆玉城千春の画像、「神様」ミュージックビデオ

  ◆  ◆  ◆

── ソロデビュー・シングルの「神様」。聴いていると気持ちがあったかくなるのに、一緒に歌うと涙がボロボロと流れてきてしまうという不思議な曲でした。

玉城:
ありがとうございます。自分にとっても挑戦がたくさん詰まってる曲だったんで、とてもうれしいです。

── その挑戦は、「歌うこと」に対して?

玉城:
いろんなことにですね。Kiroro時代にのどを痛めてから、歌うことに対して自信をなくしてしまった自分がいて。歌えない自分になんの価値があるのかと思いながら、ふさぎこんで生活をしてたんですね。その後、沖縄で活動をしたり、結婚して子供にも恵まれたりもしたんですが、どこか私であって私ではないような気分で。

── それまで、人生の中心が「歌」だったからなんでしょうね。

玉城:
10代のころから、歌うことで、すべてが成り立っていたような感じだったので、そこでの自信をなくして、どうしていいのかわかんなくなっちゃったんだと思う。

── それが、また「歌いたい」と思えるようになってきたきっかけは?

玉城:
2008年にKiroroの10周年を記念した活動をしていたんですけど、そこでも自分がイメージしたように歌えなかったんですね。ただ、前と違ったのは「このままじゃイヤだ」って思う気持ちが強くなってきたことだった。その後、3人目を妊娠したときに、この子が産まれるまで出来ることは限られてるんだから、自分がどんなボーカリストになりたいのか、どんな曲を書きたいのか具体的に考えてみようと思ったときに思い出したのが、絢香さんの伸びやかな歌声だったんです。あんなふうに歌ってみたいと思って、音楽塾「ヴォイス」に通い始めたんです。

── 「神様」は、そんな自分と向き合いながら作った作品になるわけですよね。

玉城:
そうですね。でも、作ろうと思ったきっかけは、震災でしたね。自分の無力さに何も出来ずに落ち込んでいたので、“どうして?”“なんで?”って訴えかけるような曲だったんですけど、ヴォイスの西尾さんと話していくうちに、みんなで歌える曲にしたいと思えるようになってきて、サビを大きく変えたんです。

── 歌詞も、みんなに届くようにと。

玉城:
今回は、被害にあった方々の気持ちを考えたし、みんなに届いてほしいって想いで書きました。でも、それと同時に私自身に向けるかな。歌えなかった日々のつらさ、こんなに愛されてるのに、どこか虚無になってる自分への怒りと重なって、これ以上の悲しみを子供たちに与えないでって思って……(涙が流れる)。ごめんなさい。神様のせいじゃないってわかってるけど、この気持ちわかってって想いで書きました。

── ボーカル録りには、かなりこだわって時間をかけたとか。

玉城:
5時間ぐらい歌ってましたね。本当にいろんなパターン、いろんな声で歌ってみたんですけど、そのどれもが、ほんっとに楽しくて!(笑)ちょっと前までは何時間もぶっ続けで歌えることすら出来なかったわけですからね。あんまりに幸せすぎて、帰りに空港で、ひとりビールで祝杯あげましたよ(笑)。

── カップリングはライブバージョンを2曲。

玉城:
1曲目の福原美穂さんの「LOVE〜winter song〜」は、<世界中にありったけの花束と喜びを>という歌詞が大好きなので、その気持ちが伝わったらいいなと思って。「真っ赤な太陽」は、大好きなスタッフに歌ってほしいと言われたので挑戦してみた1曲ですね。3曲とも、本当に歌えて幸せな曲ばかりでした(にっこり)。


── 「神様」を作り上げたあとで、そんなに素敵に笑えるようになったということですよね。

玉城:
それは間違いないですね。歌えなかったころの私は、気持ちが弱かったんだなって思うんです。でも、こんな自分を愛してくれる人がいて、ちゃんと怒ってくれる人がいる。だから、私もみんなを信じられるようになった。同じように、将来、子供たちが独り立ちすると言い出したときに、私たちだけじゃなく、たくさんの人に支えてもらいながら生きるはずなんです。そのときに、みんなが支えあえる世の中であってほしいという気持ちで作った曲です。人はひとりでは生きていけないということが、うれしく感じられた。その想いがみんなにも届けばうれしいです。

取材・文●大庭利恵


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